「さくら」に会ったらどうするかという話を!!!!!
「本番」前にしたら!!!!!
最中(さいちゅう)に気になって仕方ないだろ!!!!!!
私はいつも実写化に対して、原作への敬意があれば原作に忠実である必要はないと思っている。
凪のお暇やテセウスの船は忠実ではないけれど、漫画表現を現実に落とし込むことをよく考えていて良かった。
私たちはどうかしているは逆で、原作に異常なまでに忠実だ。
セリフが一言一句そのままのシーンも多い。
あまりにも忠実に漫画をそのまま描いてきた。
だから安心していた。原作通りだと。
なのに。
なのになぜ。
原作でピロートークだった...
「さくら」に会ったらどうするかという話を!!!!!
「本番」前にしたら!!!!!
最中(さいちゅう)に気になって仕方ないだろ!!!!!!
私はいつも実写化に対して、原作への敬意があれば原作に忠実である必要はないと思っている。
凪のお暇やテセウスの船は忠実ではないけれど、漫画表現を現実に落とし込むことをよく考えていて良かった。
私たちはどうかしているは逆で、原作に異常なまでに忠実だ。
セリフが一言一句そのままのシーンも多い。
あまりにも忠実に漫画をそのまま描いてきた。
だから安心していた。原作通りだと。
なのに。
なのになぜ。
原作でピロートークだった「さくら」の話を、これからおっ始めるというときにするんだ…!?
あんなに原作の忠犬みたいな描き方ばかりなのに、なぜここだけ!?!?!?!?
原作ではピロートークとしてさくらの話題に触れ、肌を重ねた幸せな気分から急転直下…という「上げた後に落とす」要素として働いていた。
ドラマではなぜかここだけ、なぜかここだけピンポイントに改変したせいで、肌を重ねることすら「気まずさ」を感じながらするしかなかっただろう。
唐突にここだけ要素の意味を変えてしまったのだ。
理由はわかってるよ。
浜辺美波の裸をまだ解禁できなかったんでしょう。
(まあちょっと見たくない気持ちもわかるが。)
原作では裸をたまたま見られるシーンも、ドラマではキャミソールを着ていた。
だから、「した後」裸で抱き合いさくらの話をする2人は描けなかったんだよね。
だから、「する前」に重要な会話をさせたんだよね。脱がなくていいから。
このドラマ、原作に忠実にしすぎているせいで、ドラマで初めて触れた人は困惑している。
そりゃそうだ。
漫画だと最悪顔と台詞だけで進められるからつながりがゆるくても気にならないだけで、そのまま再現したら急展開の連続だ。
それでも忠実さを選んだのだと思っていた。
なのに、中途半端に女優の都合で表現を「「一部だけ」」変えるくらいなら、
最初からちゃんと、ドラマ単体で見る人にもゆっくりストーリーを咀嚼してもらえるように作って欲しかった。
そうすれば、「ここは役者の都合だな」と思わずに済んだのに。
そういう制限があるなら最初から誰でも楽しんで見られるように描いて欲しかった😭