人の人生の所々に置かれる・落ちてくるスイッチそのものに、良いも悪いもない。そこにあるだけだ。
伊吹という人間も、九重の人生においてはただのスイッチで、伊吹をきっかけにして転がる方向を決めるのはあくまで九重が主体だ。
だから、伊吹という存在との出会い自体が九重に何か大きな影響をもたらしたわけではない。

でも、今回、伊吹に付き合うと決めたその九重自身の自由意志は、多分良いスイッチになったのだと思いたい。
伊吹と出会っただけでは大きな影響はなくとも、伊吹が志摩の過去に興味を持ったこと、九重が父親の話を出されたときに無視せず付き合うことにしたこと、そしてさまざまなスイッチが連動した結果「失敗を言え」という言葉を陣場から引き出したこと。
それらが、成川と再び対峙したときの九重の行動に大きな影響を与えるだろう。伊吹の我儘に付き合わなければ決して得られなかった言葉が、九重の道標になって、救えなかった成川という大きな挫折を乗り越えるきっかけになる。これは美しいバタフライエフェクトになるだろう。それを見たい。

その一方で、どのようなスイッチと出会おうとも、「過去は戻らない」ことに変わりはなく、気の持ちようが変わるだけという残酷な現実も突きつけられた。
伊吹との出会いも、香坂の死の真相も、香坂の死を帳消しにはしない。志摩の心が少し穏やかになっただけで、過去は何も変わらないし、噂も消えない。相棒が辞めようとするまで追い込んだきっかけになった事実自体は変わらないだろう。
過去を変えるんじゃなく、今を生きる自分の行動や考え方が変わるだけ。その「だけ」を自分のものにする様をもっと見られることを期待。