デスクに昇進した3年後のケイトが、何か言いたげに尾高親子の背中を見つめるラストシーン。思わず「うーーーーん」と口から出ちゃった、ちなみに良くない方の意味で。
いつからだろう。『知らなくていいコト』を見ては、ある種の気持ち悪さを感じるようになっていた。メッセージ性があるようで(たいして)ない、トレンドや時事問題を上手く取り入れているようで上手に扱えていない、登場人物それぞれの人生が交差しているようで微妙に噛み合っていない。特にここ最近は「不倫は悪い」を大前提に、ケイトと尾高の関係を作品全体で正当化しているように見えてきて、それが何とも言えない気持ちを残した。
今作の目玉だったケイトの恋愛は、急スピードでイージモードに突入する。不倫関係は職場公認のものになっていたし、家庭があるはずの編集長は尾高の妻子を顧みずにケイトの恋愛を後押し。すでに離婚の手はずを整えた尾高は、勢い余ってケイトにプロポーズをした。ここまで来たらケイトがサヨナラ満塁ホームランを打ってハイボール片手に「ウィ~~!」の未来しか見えてこない。特に、今までなんの問題もなかった尾高の良き妻が、薄暗い部屋で赤ん坊を一人置き去りにして出ていくような〝悪妻〟として描かれていたのが、最高潮に気持ち悪かった。編集長はこれを「妻の復讐だ」と言っていたけれど、ケイトと尾高のただならぬ関係を“きれいに”印象付けるための必要悪に見えた。
「この世には、知らなくていいことがある」
ケイトが記事に書いた一言は、この物語の着地点とも言えるだろう。ケイトと尾高のその後の未来も、それに翻弄された尾高妻の心情も、大量毒殺事件の真相も。なにがなんでも真実を追い求めていたケイトが、「知らなくていいコトもあるよね…」と悟るラストは確かに爽やかだ。でも私は“あえて”モヤモヤを残した脚本に、すこしズルさを感じてしまった。せめて一話から追っていた毒殺事件の真相くらいは明らかにされても良かったと思う。“小さな息子のために罪を背負った乃十阿”というのも、週刊イースト編集部が「ケイトのお父さんが犯罪者じゃないといいな」という理想論の上に作った美しき虚構に過ぎない(息子はカメラ目線で明らかになんか入れてたけど)。
「白黒つけたがる現代の風潮に“あえて”グレーを提案する」
そんなメッセージが『知らなくていいコト』にはあったのかもしれない。だけど私はやっぱり知りたかった。物語を見届けた、一視聴者として。