尾高さんフィーバーで盛り上がり、話題にはなりましが・・・。
残念ながら自分は最後までハマれませんでした。
内容としては面白くなりそうだと常に期待を抱いてはいたのですが、どうも今ひとつ入り込めずにいた理由の1つは主人公を好きになれなかったから、ですかね。
こればっかりは個人の好みなので如何ともしがたい。
ケイトには、どこか「世界は自分のために回っている」感を感じてしまっておりました。
もちろんそれは、このドラマの演出によるところも大きい。
編集部でもケイト上げ上げモードだし、取材中のドヤ顔とかも自分本位に観えてしまってました。
そもそも、週刊誌記者そのものにあまり「正義」とか語って欲しくないという個人的な感情も先に来てしまったのかもしれません。
ただ、他人のプライベートに土足で踏み込んで「正義」の名のもとに「知らなくていいこと」を垂れ流す週刊誌の編集部が舞台で、その記者の「知らなくていいこと」を描き出すというのは面白い着眼点だと思ったんですけど・・・。
実際、大石静さんの脚本そのものは興味深いなとは感じました。
「知らなくていいこと」を「私は知りたいのっ!」と自ら暴いてくらったしっぺ返しとか。
不倫を暴いておきながら、自分も不倫をしてしまうという皮肉さとか。
ケイトの行動・思考には相容れない部分が多かったものの、ちゃんとその理不尽さは描き出されていたので、そこはさすがだなと感心しながら観ていましたし。
だがしかし、それでもケイトは非難されないという空気がどうも自分には居心地が悪かったみたいで(笑)
叩かれまくる展開を期待した訳ではないのですが、ただ、演出次第ではもっと人間の本質を突いたような内容の濃いドラマにもなり得たかもしれないと思うとちょっと残念。
皮肉なことですが自分の目から見ればこのドラマが若干迷走したのは尾高さん人気のせいもあったように思います。
尾高さんが素敵だったことで、視聴者やネット記事の関心が予想以上にケイトと尾高さんの恋の行方に傾いてしまった。
もちろん重要な軸の1つではあったけど、恋愛要素が濃い目になって肝心の「知らなくていいこと」の効果が薄れ、物語の本質を見え辛くしてしまったような気がしないこともない。
野中の“闇落ち”も然り。
正直なところ後半は腹立たしさが巡り巡って野中が哀れになり、何をやらかすか確かに楽しみにはしてました。
「殺人犯の娘だから」とプロポーズを撤回して勝手に闇落ちし、ついには会社を辞めることにまでなったのに、実はケイトは殺人犯の娘ではなかったというこのドラマで一番わかりやすいしっぺ返しを食らったのが野中。
まさに野中の「知らなくてよかったこと」で、そこは笑えたところでした。
そこでスッキリ!で十分だったのに、最後に小説家として大成しました~ってシーンは完全なる蛇足に感じました。
ウケ狙いだったのだろうけど、そういうところが日テレドラマだなぁって思っちゃいますね。
あってもいいのだけど、闇落ちTシャツまではいらなかった。
特にラスト近くにインパクトありありのシーンを入れてしまうと、ドラマを振り返った時にそこが思い出されてしまうのは何だかもったいない。
自分はそう思いますが、楽しんだ方も多いようなのでそれはそれで良いと思うことにします。
一番の心残りは、編集部のメンバーは本当に実力派揃いだったし、それぞれが個別にスポットを浴びる瞬間があまりなかったけれど、それでもしっかりキャラを作り上げていたのだろうと思うともっとそれを観たかったな、という気持ちがとても強いです。
ケイト抜きで、『週刊イースト編集部の1日』とか作ってくれたら喜んで観るんだけどな。
きっと、本編より面白いだろうな・・・。
脚本を書かれた大石静さんは、以前「自分の作品のオンエアを観たら、もはやこれは自分のものじゃないと思った経験がある」というようなことをインタビューで答えてらしたことがありました。
脚本家も色んなタイプの方がいますが、大石さんは比較的「自分の手を離れたら、後は現場にお任せ」という考えなのかと思います。
劇作家出身の方ですし、きちんと割り切りができている方というか。
どうしても、ドラマって現場で方向性が変わってしまうことが多々あります。
すべての現場がそうとは限りません。
ですが、このドラマに関しては果たして大石さんの描きたかったことがちゃんと視聴者に伝わったのかな?とふと思ったりはしました。
(他でも、よく思うことですけどね。)
「知らなくていいこと」は、知って良かったのか。知らない方が良かったのか。
それとも、そもそも「知らなくていいこと」の存在にすら気付かないのか。
自分だったら、どうするんだろう?
と数分考えて、このドラマは自分の中で終了致しました。
来期の水10は、「ハケンの品格2」。
大泉洋さんのいない「ハケンの品格」・・・どうなるかなぁ。