




『同期のサクラ』は、各話「社会に出て働いてりゃ誰もが経験するよね〜」という“矛盾”や“葛藤”を織り込みながら、それらの問題がスカッと調子良く解決されるわけでもなく悪役がズバッと袈裟懸けに斬り倒されるカタルシスもない(ちょっとした反逆は描かれるが、必ずそのしっぺ返しを食うところまでがセットになっている)という、言ってみれば今ドキ結構珍しいお仕事ドラマである。
主人公サクラとその同期の仲間たちは毎回、そりゃそうでしょ世の中そんなに甘かね〜よね!という社会の限界を見せつけられながら、それでも忖度を知らないバカ正直なサクラの怯むことなき正面突破によって、何か一つ(それは信念だったり自己肯定感だったり友情だったり)、自分にとって大切なものに気付かされ、それをひっそりと掴みとってゆく…うん、がんばったよね!仲間との絆もまた深まったね!来週はきっとサクラにも何かいいことがあるよ!一筋の光は見えたよね!
…という物語だ。
てか、6話まではそうだった。
問題は7話!この7話である!
それじゃなくても比較的ビターなお仕事ドラマだったのに、7話と来たらこれがビターどころか激辛完食選手権の様相である。
どんな目にあっても「夢があります!」と守り続け拠り所として来た故郷に架ける橋=住民と自分の悲願 と、自分の働く場所、その双方を、本当の意味で守るために、自らの手で木っ端微塵に粉砕したサクラ。
いやもうこの身悶え展開になった段階で、たった1人のサクラの身内・爺ちゃんにフラグ立ったのが見えたよね!と思ったら案の定、優しかった爺ちゃんまでもがやはり還らぬ人となってしまった。
ここまでの見せ方がハンパなかった。
いやなに!いくらなんでも!!
そんな追い込み方ある!?
ハラペーニョ風呂なのこれ!?!?っていう容赦のなさである。
一緒に見てた家族揃って涙涙の阿鼻叫喚。
しかも決して流してスッキリするタイプの涙ではなく歯ぎしりしながらの涙だ。んもう体力消耗して立ち上がれないレベルである。
なんでこんなに悔しくて悲しくて腹が立つんだこのドラマ!と思ったら、結局、それが私らの生きてる現実だからなのだろう。
忖度としがらみと欲と保身に無縁の職場なんてこの世にあるのか??
あるなら出してみろ花咲舞。
そう言っているのだこのドラマは。(いや言ってないですけどね)
でも、だからこそ、
ここからせめてチョッピリの希望の光を紡ぐためにどんな物語をどう見せてくれるのか、
この続きに期待してしまうのである。
どんな時も挫けないサクラが挫けた。
誰がサクラを救うんだ?え??
ヒントはこれまでサクラが救って来た同僚たちや女性上司の物語の中にあるハズだ。
(相武紗季の電話のセリフには一等泣いた)
モヤった分だけ爽快なカタルシスが待っていると信じて、この物語の続きを待ちたい。