機会あるごとに書いてきた既出の事実だが、
「おっさんずラブ」6話放送からの7日間、地獄はこの地上に実在した。
自分というニンゲンが これほどまでに「つくりものの世界」に憑りつかれる日がやってこようとは。
私の人生にとって忘れ難い、まさに “無間地獄の一週間”がそこにあった。
仕事は何一つマトモに進まず、
それなのに何故か炊事洗濯、家事だけは命がけ。
はかどらない残業をこなしながら
一汁五菜の豪華ディナーを作り続け、
開けたこともない棚の奥を磨き、
異常なまでに家族の面倒を見た。
夜は寝られず、
6話終わりの次回予告をコマ送りしながら、
その中に潜む希望を探した。
そして、自分は垢を持たないSNSで
「おっさんずラブ」に関する「民」の投稿を、雄叫びを、
夜が白むまで漁り続けた。
「牧くんがはるたんと結ばれなかったらどうしよう」
ああ!そんな恐ろしいこと!
この世の地獄やん!
どうしよう!!!!!
「部長とはるたんの白タキシード!!」
いや、予告で見せるってことは
裏を返してそれはブラフのはず!
頼む!
誰かそうであると言ってくれ!!!
それまでどんなに頑張ってもピクリとも動かなかった体重計の目盛りは、みるみる間に3㎏分減った。
思えば、この一週間、
私は間違いなく憑りつかれていたんである。
彼に。
“牧凌太” に。
今ならわかる。
主演の彼ものちに語っていたではないか。
この物語の流れで牧くんはるたんCP以外のエンドなど
考えられるわきゃないんである。
どこをどうひっくり返してもありえないんである。
でもその時の私にはその理屈が通らなかった。
そこそこ歳を重ねた(多分)常識人が、
どちらかというとドライな思考のいい大人が、
本気で、文字通り身が細るまで
牧凌太の恋の成就を案じていたのである。
そして、それが私ひとりのことならず、
6話を見た殆どの民の中で起こっていた事象であることが
この「おっさんずラブ」という物語の持つ、
恐ろしいまでの魔力を証明している。
この魔の一週間、
大袈裟でもなんでもなく、
本当に「民」はみな瀕死だったのだ。
「おっさんずラブ」はそれ程のドラマだったのだ。
そうして文字通り正座待機で始まった7話。
放送開始の段階ですでに手汗はグッショリである。
正座の私の背筋は異常なまでに伸びていた。
何かの夢であってくれと願った、
部長とはるたんの同棲は事実だった。
「普通の同僚(大ウソ)」に戻った牧凌太は笑っていた。
(大馬鹿者!!!)
そして意味の分からない(←敢えて言う)、
延々と終わらないフラッシュモブとそこからの求婚シーン。
ここが我慢の限界だった。
はるたんと部長が結婚式の準備を始めた、
ここまでで既に放送時間正味40分間のうち
1/3 が消費されている。
冗談ではない。
私たちの気持ちを代弁するかの如く炸裂した
マサムネの爆裂壁ドンだけが民の心を(ほんの少し)癒したが、
それすらも最早 焼け石に水。
深夜のリビング、テレビの画面に向かって私はガチで叫んだ。
「グズグズやってんじゃねえ!!!」
(そして息子に蹴られた)
最終回だというのに、
しかも当然10話まであると思っていたものが
まさかの7話で終わるということ自体呑み込めていないのに、
このままでは私たちが納得できるだけの牧凌太の幸せが、
その幸せに辿り着く時間が、
その幸せを享受する時間がない。
それなのに。
事態はまだ動かない。
牧とちずの感情の吐露。
ちずちゃん、アンタは世界一いいオンナだ。
私は橋の上から2人と一緒に叫んだ。
「バカ春田ぁあああ!!!!」
(また息子に蹴られた)
しかしそれでも事態はまだ動かない。
冷蔵庫から落ちる猫メモ。
お約束、倒れるおばあちゃん。
達筆すぎる部長の恋文。
そしてついに結婚式は始まってしまった。
あっという間に残り時間は10分と少しである。
どうするつもりなんだ「おっさんずラブ」!
私たちは生きてここを出られるのか「おっさんずラブ」!!!
正直言って、ここまでで点をつけていたら
この7話の評点は5点(100点満点)くらいのもんだったかもしれない。
落胆と焦燥とストレスの博覧会。
だがしかし。
ここからのわずかな残り時間。
この10分で、「おっさんずラブ」は伝説になる。
しつこいほど繰り返し各方面で “社会現象”と枕詞をあてがわれる、
日本ドラマ史に残るこのマスターピースは、
ここからの10分間にそれまでのすべての鬱屈と焦燥と落胆をブッ飛ばし、
日本中を深夜の万歳三唱と滂沱の涙の渦へ叩っ込むのである。
その内容については詳細を省く。
レビューとして、口コミとして、
もしもこれを読んだ後にこのドラマを初見する方がいらしたとしたら、
この最後の最後の、最も大切な10分間だけは(勿論ハッピーエンドだと承知の上であっても)サラの状態で、ご自分の目と心を以って体験していただきたい。
仮にあらすじだけを書き記せば、
そりゃそうでしょ、な結末である。
最初からわかってたんじゃん?なエンディングである。
でも、それでも、
見ないとわからない、
どうやっても文字では、言葉では伝わらない感動と感激が、
地獄の一週間を超えたからこその圧倒的多幸感が、
この10分間には詰まっているのである。
ひとつの事実のみ挙げるならば
ラスト、伝説のブラックアウトを受けて
私が直立不動の万歳三唱を雄叫んでいたその間、
7話スタート時から私にケリを入れ続けた息子
(当時ティーンエイジャー)は泣いていた。
私以上の嗚咽を上げ、
クッションに突っ伏し、
親の私も見たことのないズビズバ状態で号泣していた。
私はそれを見て、
我が息子のまさかのハマりっぷりに驚愕すると同時に
「私の育て方は間違ってない!」と素っ頓狂な満足感を得た。
変な宗教みたいで本来ならあまり言いたくないセリフだが
本当に、
お願いだから、
見る機会のある方は、
一度でいいから見てみて欲しい。
「おっさんずラブ」というこのドラマを。
春田と牧、そしてそれを取り巻く人々の
死ぬほど切なくて、時にバカバカしくて、
でも他に類を見ないほど愛おしい、
今生きているこの世界すべてを祝福したくなる、奇跡のドラマを。
この連ドラ終了後、
これが “社会現象” となってしまったが故に
なんやかや、あれやこれや、いろいろあったことは事実。
今だにその薄靄が、作品タイトルとそれを愛した人々の上を覆っていることもまた事実ではあるけれど、
それでも、
それを差し引いてなお、
このドラマの普遍性とその輝きは多くの人を捉えて離さない。
忘れたくても忘れさせてくれない。
「おっさんずラブ」を見てから終わる人生は、
「おっさんずラブ」を見ないで終わる人生より絶対的に豊かである。
少なくとも本気でそう思っている人間がひとり、今もここにいるという事実をご紹介して、
だから騙されたと思って一度見てみてくださいとお願いをして、
このレビューを閉じたいと思う。
見てね。