個人的に、Netflixのオリジナルドラマにはいくつかの「型」があると感じている。そのうちの1つが「マイノリティを根アカなテンションで描く」だと思う。特に青春モノでこの傾向が強い。『このサイテーな世界の終わり』も『セックス・エデュケーション』も『YOU』も『ノット・オーケー』もみんなそう。このカラーはNetflix特有のものとして、今後も続いていきそうだ。
その最前線といえるのが、この『私の"初めて"日記』だ。インド系の女子高生をヒロインにした本作は、「父の死&精神的な影響による車いす生活」から復帰した彼女が、イケてる女子になって彼氏を作ろうとするお話。前提条件がわりと壮絶なのだが...
個人的に、Netflixのオリジナルドラマにはいくつかの「型」があると感じている。そのうちの1つが「マイノリティを根アカなテンションで描く」だと思う。特に青春モノでこの傾向が強い。『このサイテーな世界の終わり』も『セックス・エデュケーション』も『YOU』も『ノット・オーケー』もみんなそう。このカラーはNetflix特有のものとして、今後も続いていきそうだ。
その最前線といえるのが、この『私の"初めて"日記』だ。インド系の女子高生をヒロインにした本作は、「父の死&精神的な影響による車いす生活」から復帰した彼女が、イケてる女子になって彼氏を作ろうとするお話。前提条件がわりと壮絶なのだが、Netflixならではのテンションでポップに描く。ナレーションがジョーク交じりに語り、サクサク進めていくことで笑いに変える、という演出が大きい(ここもNetflix節)。
ヒロインの女子は精神的にちょっと不安定で、いわゆる「怒りが抑えられない」クチ。むしゃくしゃすると物を投げてしまったり、絶叫したり……。さらに、インド系アメリカ人であるという「マイノリティ=少数派」が、この作品のキーポイントになっている。Netflixは今人気の『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』然り、ダイバーシティに積極的だ。人種的ルーツがアメリカ人以外の人物を主人公に据え、多様性を描く。
この作品で面白いのは、メインの舞台となる学校のクラスが「多国籍」であるということ。ユダヤ人にインド人、メキシコ人、中国人など……こういった設定は、確かに今まではなかったかもしれない。むしろ、これまでこういった部分が描かれてなかったこと自体が一つの問題ともいえよう。そして、Netflixがマイノリティ描写を「売り」にすることは、まだまだ真の意味でのダイバーシティは時間がかかりそうだな、という気にもさせられる。
とはいえ、本作はザッツNetflixドラマとして非常に見やすく、インド系ならではのジレンマも描かれ、等身大の青春ドラマとして質が高い。一つの作品としても、Netflixオリジナル作品の「型」を観る意味でも、意義深い作品だ。